狭心症と心筋梗塞について…心臓とは

 心臓は、心筋と呼ばれる筋肉からできており、全身に血液を送り出すポンプの役割をはたす大切な臓器です。血液は体をまわりながら酸素や栄養を運ぶ役目をしています。
心臓は1日に約10万回拍動し、1分間に4~5リットルの血液を送り出しています。大きさは握りこぶしより少し大きいくらいです(重さは300g程度です)。
 心臓も働くためには酸素や栄養が必要です。それらを心臓の筋肉へ運ぶ血管が冠状動脈です。冠状動脈は心臓の表面を冠のように覆っていています。
左冠動脈は心臓の前側を栄養する前下行枝、後側を栄養する回旋枝にわかれます。右冠動脈は心臓の下側を栄養しています。冠状動脈には全身の血液の5%以上が流れています。

虚血性心疾患とは…狭心症と心筋梗塞

 もしこれらの冠動脈が、動脈硬化のため狭くなったり、つまったりすると、心臓の筋肉がポンプとして働く為に必要な酸素や栄養が足りなくなります。この状態は心臓に流れる血液が乏しい状態なので心臓の虚血状態、虚血性心疾患と呼ばれます。 虚血性心疾患としては狭心症、心筋梗塞があります。
 狭心症は動脈硬化や血栓などで冠状動脈が狭くなり、十分な酸素と栄養が心臓に運ばれない為に起こります。急に激しい運動をしたり強いストレスがかかると心臓の筋肉は一時的に酸素や栄養が不足し、主に前胸部、時に左腕や背中に痛み、圧迫感や息苦しさ、心悸亢進(動悸)などを生じます。ただしこの症状は長 くても15分以内に消えてしまいます。
重症になると、心臓の機能が低下し心不全となったり、安静時でも胸痛が起こるような不安定狭心症という危険な状態になることもあります。
 冠動脈の動脈硬化がさらに進行し血栓などの関与もあって冠動脈が完全に詰まって血液が通じないままになると心臓への酸素と栄養の供給が突然なくなってしまうために心臓の筋肉が腐ってしまう状態、つまり心筋梗塞になります。
心筋梗塞になると、ふつう30分以上、前胸部に強い痛みや締めつけ感、圧迫感が続き、痛みのために恐怖感や不安感を伴います。 その痛みはほとんどの場合、前胸部中央や胸全体で、まれに首、背中、左腕、上腹部に生じることがあります。冷や汗、吐き気、おう吐、呼吸困難を伴うこともあります。速やかに治療をしないと死亡率は30%以上ありますが、適切な治療を受ける事により死亡率を10%以下に低下させることができます。

 

検査について…心電図検査 血液検査

●心電図検査
狭心症では、発作が起きていない時の心電図はほとんど正常なことが少なくありません。発作時は心電図に異常が現れますが、15分以内に消失しますから、病院へ行くまでには元の状態に戻ってしまいます。 ですから、狭心症が疑われる場合、発作時の状態を調べるため、運動をしてもらいながら心電図をとります。これを「負荷心電図」といいます。
心筋梗塞では特徴的な心電図の変化が現れ、狭心症とは異なりその変化は残るため、多くの場合診断は容易です。

●血液検査
狭心症は血液検査に異常は見られませんが、心筋梗塞症では心筋細胞が破壊されて細胞から酵素が血液中に漏れてきます。その代表的なものがCPK(クレアチンフォスフォキナーゼ)です。

●心臓超音波検査
超音波検査でみられる特徴は、急性期には傷害部の心筋は動きが悪くなることです。他の部位では動きが亢進します。この動きの特徴は特異性が高く梗塞の診断には重要です。

 

狭心症の治療について

 狭心症の治療は、薬物療法が基本です。しかし、薬物療法にても日常の生活で狭心痛が容易に起こる場合には、冠動脈造影検査を受け、手術(冠動脈バイパス術)や“風船療法”が必要となる場合があります。
薬物療法としては、「血管拡張薬」と「ベータ遮断薬」があります。
「血管拡張薬」は、冠動脈を広げて血流をよくする働きと、全身の血管も同時に広げて心臓の負担を軽くする働きがあり、これには硝酸薬とカルシウム拮抗薬があります。
「ベータ遮断薬」は、交感神経の活動を抑え、血圧を低くし、脈拍数も少なくして、心臓の負担を軽減する薬です。どちらも血圧を下げますから、高血圧の治療薬としても使われます。 狭心症には、血管拡張薬やベータ遮断薬の中から2、3種類を併せて処方します。また冠動脈の動脈硬化を抑え、心筋梗塞症を予防するため、アスピリンを少量使用します。アスピリンは血小板の活動を抑えますから、血栓ができにくくなります。同様の働きを持つ薬としてパナルジンも使用します。

カテーテルを使った治療について

~冠動脈造影検査(CAG:coronary angiography)~
カテーテルと呼ばれる太さが2mm弱で長さが1m程度の細長いストローのようなものを、腕の動脈もしくは足の付け根の動脈から挿入し冠状動脈の入り口部に固定します。これを通じて造影剤を血管内へ注入、冠動脈を撮影するものです。この検査により冠動脈の狭くなった部分や閉塞した部分をみつけ、その部分に対し経皮的冠動脈形成術(俗に風船療法)を行います 。

~経皮的冠動脈形成術(PTCA:Percutaneous Transluminal coronary angioplasty)~
1977年に当時スイスのチューリッヒ大学附属病院に勤務していたグルンツィッヒ(Gruentzig)博士により開始された治療法です。動脈硬化で詰まった冠動脈を風船で拡げる血管の拡張術であることから、俗に風船療法とも呼ばれています。冠状動脈入り口部に固定したカテーテルから髪の毛ほどの太さの柔らかい金属製のワイヤーを冠状動脈内に挿入し目的とする病変部を通過させます。通過したワイヤーに沿わせ て先端にバルーンのついたカテーテルを病変部に進めバルーンを拡張させます。病変部を開大できたらバルーンを抜去します。経皮的冠動脈形成術は風船療法以外にも色々な治療法が開発されてきましたので、現在では経皮的冠動脈インターベンション(PCI:Percutaneous coronary intervention)と呼ばれています。インターベンションという言葉は医学の世界ではレントゲンを見ながら切らずに行う治療を指す言葉として使われています。

~風船治療(POBA:Plain Old Balloon Angioplasty)~
現在では開発当初のバルーンと比較して、性能・品質・安全性ともに著しく向上しております。この治療法は冠動脈形成術として基本的な治療法であり、有効かつ安全に行われています。一方で、再狭窄の存在 冠動脈内膜解離 急性冠閉塞 拡張不能病変の存在などの欠点もあります。

~冠動脈内ステント植え込み~
再狭窄や急性冠閉塞を治療するために考案された、冠動脈ステントが臨床において用いられるようになったのは1980年頃からです。ステントとは金属製のチューブをレーザーなどの精密加工技術を用いて網状に加工したもので、これを拡張用の風船に装てんした状態で病変部まで到達させます。その後バルーンを拡張させてステントを血管壁に押し付けて植え込みます。この治療により著明に再狭窄の頻度が低下しました。しかしステン ト内に血栓ができてしまう問題もあるため、術後は抗血小板薬と呼ばれる薬剤を服薬する必要があります。

~薬剤溶出性ステント(DES:Drug-Eluting Stent)~
冠動脈内ステント植え込みにもステント内再狭窄という欠点があるため、ステントの表面に再狭窄を防ぐ薬物を塗ってあるDESと呼ばれる新しいステントが用いられるようになりました。海外において薬剤溶出性ステントは2002年4月より欧州にて販売開始され、2003年4月には米国での臨床使用が可能となりました。既に全世界80カ国以上でで販売され、90万人(2004年11月)を超える症例の治療に使用されています。2004年8月からは本邦でも保険適応され使用が可能になりました。現在用いられているDESとしてはシロリムスという免疫抑制剤を用いたCypher(サイファー)と呼ばれるものとパクリタキセルという抗がん剤を用いたTAXUS(タクサス)呼ばれるものがあります。これらのステントの効果を検討するために、海外で多くの大規模臨床試験が行われてきましたが、従来のステントと比較し再狭窄の発生を抑制し、治療後の心事故を減らす事が証明されました。問題点としては術後のステント内血栓症予防のために長期間抗血小板薬を服薬する必要があることや ステント自体の性能の問題、高価であることなどがあります。 ・ ・・シロリムスについて・・・
イースター島の土壌から発見され、元は抗真菌薬として開発されたマクロライド系抗生物質で強い免疫抑制作用を持ちます。またその強力な血管平滑筋増殖抑制作用が着目され、多くの候補薬剤の中から選ばれたものです。

~方向性冠動脈プラーク切除術(DCA:Directional coronary atherectomy)~
1993年に認可が降りた治療器具で、高速回転する小さなカッターを内蔵したカテーテルを血管に入れ、冠動脈内の動脈硬化の塊を削り取り回収する方法です。この方法は、器具の性状から限られた病変しか対象にならない事や治療に要する時間も比較的長いことが欠点です。

~ロータブレーター(Rotablator)~
先端に細かいダイヤモンド粉末が塗られた小さなラグビーボールのような形をした金属球を一分間に150000回転以上で高速に回転させることにより、血管の細くなっている部分を削って硬い成分を粉々に砕いていく治療法です。風船治療の欠点である拡張不能病変のような非常に硬い病変に対して用いられます。通常バルーンによる治療と併用し、血管の治療をより確実なものにします。

~カッテイングバルーン(Cutting Balloon)~
風船の表面3方向に微細な刃がついており、これによって病変に対して裂け目を3方向のみに入れることができます。こうすることによって、ある種の病変に対しては有効に拡張することが可能となります。

その他、経皮的冠動脈形成術を安全に行うために補助的に用いられる器具としては、冠動脈末梢保護システム(パークサージ:PercuSurge) 冠動脈内超音波診断装置(IVUS:Intra-Vascular UltraSound) 大動脈内バルーンパンピング(IABP:Intra-Aortic Balloon Pumping) 冠動脈内血管内視鏡 冠動脈内血流測定装置 冠動脈内圧測定装置などがあります。

心筋梗塞の合併症について

 合併症には心原性ショック、不整脈、心不全、乳頭筋断裂、心室中隔穿孔、心破裂、心室瘤、心膜炎などがあります。
●心原性ショック
梗塞の範囲が広いと心原性ショックとなり、最も重篤です。心筋梗塞の約1割がこれに当たり、死亡率50~60%といわれます。乳頭筋断裂や心室中隔穿孔に伴ったものもあります。

虚血性心疾患の予防について

 狭心症や心筋梗塞症の治療は動脈硬化を完治させるわけではありません。病気にならないためには、動脈硬化の進行を予防することが大切です。それには危険因子と呼ばれる因子の除去に努めることが重要です。禁煙、塩分・糖分・脂肪分のとりすぎに注意し、バランスのよい食事をして、高血圧症・糖尿病・高脂血症を予 防すること、適度な運動、気分転換を図り、ストレスを避け、規則正しい生活を送ること、血縁の方に心筋梗塞症や狭心症の方がいれば、特に長年の悪い習慣を改める必要があります。また心筋梗塞症は過度の疲労や緊張、暴飲暴食、天候の急変などをきっかけに生じることが多いので、それらを避けることが大切です。